企業様の広告掲載を通じて
持続可能な福祉事業を実現
福祉車両のラッピングAD宣伝を通じて
社会貢献の支援の最大のリターン
私は、Wa-internationalという一般社団法人を立ち上げに挑戦しています。その最初の福祉医療の事業形態として、愛知県名古屋市緑区周辺で重度心身障害児の受け入れを対象とする放課後等デイサービス「てとて」の開設を目指して活動しております。
看護師免許を取得して10年以上が経ちました。幼い頃より海外での生活に憧れがあり、看護師免許取得後すぐにニュージーランドへワーキングホリデーで渡航しました。
多民族が共存するニュージーランドで学んだのは、自分のライフスタイルやアイデンティティを大切にすることでした。職種やマイノリティーに関わらず、一人ひとりが個人として人生を楽しむこと—これが今の私のルーツとなっています。
コロナが深刻になったタイミングで日本に帰国し、はや5年以上が経ちました。帰国後は整形外科分野のみならず、最先端医療分野の再生医療や終活といわれる介護施設等にも勤務し、幅広い医療・福祉の現場を経験してきました。
様々な現場で働く中で、制度の隙間で困っている人たちの存在に気づくようになりました。特に重度心身障害児を支える家族の現実を知るにつれ、ニュージーランドで学んだ「一人ひとりが人生を楽しむ権利」が、日本では十分に保障されていないことを痛感しました。
ただ、私がいち従業員として働き続ける限り何も変わらない。
そう思っていた時に、たまたま目に留まったのが医療的ケア児のママさんが綴ったSNSでの投稿でした。
看護学生時代に看護理論を学んでいるとき、看護理論を呈した第一人者のナイチンゲールは看護師の手が持つ「癒しの力」について言及しています。
彼女は手による触れ合いが単なる医療技術だけでなく、患者に安心感と信頼をもたらす要素であると唱え、それが私が看護をするときの理念となっています。
みなさんは痛いところに優しく手を当てると、不思議と心も体も少し楽になる、あの感覚を覚えていますか。
これが「手当て」の原点であり
『てとて』という事業所名の由来となっています。
深夜0時、スマホの画面に映ったその投稿に、私は言葉を失いました。
「13年間、24時間年中無休で命と戦ってきた生活。睡眠時間は4-5時間。朝までぐっすり寝る時間はなかった。外出するには2-3時間の準備が必要で、いつでも病院へ走れるよう飲酒もやめた。」
ある医療的ケア児のママさんが綴った、13年間の壮絶な日々。お子さんは残念ながら亡くなられましたが、その後このママさんは「医療的ケア児に関わる仕事への社会復帰」を目指されています。
その投稿を読みながら、私は自分自身に問いかけていました。
「私が生まれた子にすぐにケアできる気持ち、受け入れることはできるだろうか?」
「自分のライフスタイルを子どものために変容し、すべてをささげて24時間無休のケアに当たることはできるのだろうか?」
そして、強い憤りと決意が湧き上がりました。
「もっと福祉サービスが充実していたら、もっと前向きにケアに当たることができたのではないか。現状を変えたい!」
インスタグラムで重心児の家族と繋がるようになってから、私は知らなかった現実を目の当たりにしました。
夜間の吸痰で眠れない日々
学校、受診、リハビリで埋まるスケジュール
児の体調に左右され、個人のスケジュールはドタキャン
そして最近、全国ニュースで心痛む事件が報道されました。医療的ケア児の母親が疲弊し、子どもの呼吸器を外してしまった事件。
「自分も子どもも必要とされていない」と感じ、命を絶とうとした母親の心の叫び。
この事件の背景には、確実にサービス不足があります。サービスへのアクセスが限られ、社会参加の機会が少なく、介護ストレスが限界に達してしまう。これが、重心児を支える家族の現実なのです。
大都市でありながら重症心身障害児向けサービスが不足
16区に対してわずか10施設未満という圧倒的な不足
24時間365日休むことなく続く親御さんの献身的なケア
企業様には福祉車両への広告掲載を通じて、CSR活動とマーケティングを両立していただけます。 これにより、持続可能な福祉事業の実現とSDGs・地域活性化に貢献できます。
※実際の福祉車両への企業広告掲載イメージ
※実際の事業所看板への企業名掲載イメージ
※実際のパンフレットへの企業名掲載イメージ
今回の支援・寄付は全額すべて開業に当てさせていただきます。一円たりとも他の用途には使用いたしません。
進捗についても詳細にご報告いたします。透明性を保ち、支援者の皆様に安心していただけるよう努めます。
事業所名「てとて」の名前にも由来する助け合いながら福祉の輪が広がっていくことを目指していきたいと思っております。